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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)177号 判決

原告 有限会社 張本印刷機械製作所

被告 株式会社 橋本鉄工所

主文

特許庁が昭和三四年審判第四九六号及び同年審判第四九七号事件につき、昭和三六年一〇月二四日にした各審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因等

原告は本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は被告の有する登録第四五一、二四〇号商標(以下甲商標という)及び登録第四五一、二四一号商標(以下乙商標という)につき、昭和三四年九月九日被告を被請求人として特許庁に対し右各商標の登録無効の審判を請求し、甲商標のものは昭和三四年審判第四九六号、乙商標のものは同年審判第四九七号の各審判事件として係属したが、特許庁は右両事件を併合審理の上、昭和三六年一〇月二四日原告の右各申立は成立たない旨の審決をし、その審決書の謄本は同年一一月一日原告に送達された。

二、被告の本件甲商標は「ボツクス」の文字、乙商標は「BOX」の文字をいずれも筆書きでほぼ楷書体に横書きしてなるもので、いずれも旧類別(大正一〇年農商務省令第三六号第一五条所定)第一七類印刷機及びその各部を指定商品として、昭和二八年一二月一〇日に登録出願をし、昭和二九年五月二六日に出願公告となり、同年九月一〇日に登録せられたものである。

三、審決は被告の右各商標の登録無効を主張する原告の請求を排斥したのであるが、その理由の要旨は、

(一)、請求人(原告)提出の甲各号証及び当庁審判廷における高岡晟及び中馬章の証言を総合して判断するに、本件商標「ボツクス」または「BOX」(これは普通に使用せられる書体の範囲を脱したものではないが)が、両商標の登録当時、商品印刷機またはその各部について有り触れて使用されていたと認めるべき証左がないから、これらの商標は上記商品について旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一条第二項にいわゆる特別顕著の要件を具備しないものとすることはできない(請求人は慣用語となつていたと主張しているが、証人両名の証言からは「ボツクス」がいわゆる現場用語として一部の者に用いられたのではないかと推測される程度にとどまり、普遍性は認められない。しかも、「ボツクス」が本件商標の登録当時、組立式のフレームに対立する用語として、一個の鋳物からなる機枠を指称するため普通一般に用いられていたと断定するに足る資料はない)。

(二)、商標「ボツクス」も「BOX」も、これらを商品印刷機のうち請求人の指摘する一個の鋳物からなる機枠を持つたもの以外の印刷機(またはその各部)に使用したとしても、商品の誤認混同を生ぜしめるおそれのあるものとすることはできない。

(三)、本件商標の登録当時、「ボツクス」または「BOX」の文字からなる標章(購買者の視覚に訴える標識である)が、印刷機またはその各部に慣用されていたとの事実を認めるに足る証拠方法は提出されていない。

というにある。

四、しかし右審決は次の理由によつて違法であつて、取消を免れない。

(一)、「ボツクス」または「BOX」の表示は、印刷機械の製造販売及び取扱業者間で、ワン、キヤスチンズ、フレーム(一個の鋳物よりなる機枠)よりなる印刷機に明治年間から普通に呼称され、普通一般に取引上使用されている慣用語であつて、ボツクス型印刷機の略称として普通名詞化された事実があり、またそれは印刷機の形状を表わすのみであつて特別顕著性を具有しない。すなわち印刷機には、機枠が一個の鋳物よりなる印刷機と、機枠が一個の鋳物でない二個以上の鋳物をボールト、ナツト等で組立てたものからなる印刷機の二種があつて、前者を「箱型」または「ボツクス型」、後者を「組立型」と呼称していることは過去五〇年来日本国内の印刷機製造業者、販売業者及び一般取扱需要者間において周知の事実である。また「ボツクス型」または「BOX」印刷機は「箱型」印刷機の「箱」の文字を英語の「ボツクス」と読み替えたもので、印刷機が国内で始めて製作使用された当初から印刷機関係業者の常用語である。

従つて「ボツクス」または「BOX」の商標は指定商品印刷機及びその各部につき世人をして特定人の営業に係る商品たることを判別させるに足る表彰力を有しないものであり、またこれに排他的使用権を与えることは、他の同一種類の商品を製造販売する人々の自由を故なく奪うもので、独占適応性のないものというべきであつて、旧商標法第一条第二項に規定する特別顕著の要件を具備しないものである。

(二)、また機枠が一個の鋳物よりなる印刷機を古くから「箱型」または「ボツクス型」と称して来たものであること前記のとおりであるから、右の型以外の印刷機またはその部分品に「ボツクス」「BOX」の標章を附するときは、商品の品質につき誤認を生ぜしめるもので、取引上世人を欺瞞するおそれがあり、前記の組立式の印刷機及び部分品をあたかもボツクス型のそれとして取引させるものであつて、本件商標は旧商標法第二条第一項第一一号の規定にも違反して登録されたものといわなければならない。

(三)、且つまた「ボツクス」または「BOX」の標章は、印刷機械に関し、その製造業者、取引業者及び需要者間において普通に使用されている慣用標章でもあるから、本件商標はまた旧商標法第二条第一項第六号の規定にも違反して与えられたものである。

以上いずれの理由からしても、本件商標は旧商標法第一六条第一項第一号の規定によつてその登録を無効とすべきものであるのに、これを前記載のような理由によつて原告の無効審判の請求を排斥した本件審決は違法である。

五、なお原告は被告の主張に対し次のとおり述べた。

原告は単に一個の印刷機のフレーム全部がただ一個の鋳物で構成されているものを「ボツクス」「BOX」印刷機或いは「箱型」印刷機と呼称すると主張するのではない。印刷機の主体となるフレームが組立ててない一つの鋳物からなつている場合に、このような印刷機を右のように呼称するというのであり、この意味において本件検証の対象物とせられたオートマン印刷機もハイデルベルグ印刷機もともに、主体となるフレームが一つの鋳物よりなり、平面から見てほぼ□形をしていてボツクス型となつているのであつて、かような型の印刷機は、主体となるフレームが両側二枚の平板を中心部の取付枠にボールト、ナツトで締付けてなつている、これまた本件検証の対象物とせられた中馬製B列四裁判停止円筒印刷機とは明らかに区別せられるのであり、この前者の型の印刷機を古くから「ボツクス型」と呼び、取引上の慣用語となつており、また普通名称化されていると主張するのである。

第三、答弁

被告は事実上の答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の一ないし三の事実はこれを認めるが、四の事実及び主張はこれを争う。

二(一)、「ボツクス」「BOX」の標章は原告の主張するように「一個の鋳物からなる機枠を有する印刷機」を観念する普通の名称ではない。また「ボツクス」「BOX」の標章を印刷機に使用する慣例は絶対にない。

原告は一個の印刷機のフレーム全部がただ一個の鋳物で構成されているものを「ボツクス」または「BOX」印刷機或いは「箱型」印刷機と呼称し、これは既に慣用語となつているというのであるが、被告はこれを否認する。印刷機の構造は極めて複雑であつて、一個の印刷機の全部のフレームがただ一個のブロツクの鋳物から構成されている例は見当らない(現に本件検証の際の対象物とせられたオートマン印刷機もハイデルベルグ印刷機も、そのフレームは組立てられていて、原告主張のように一個の鋳物のみから構成されているものではない)。従つて印刷機のフレームがただ一個の鋳物のみから構成されたものが皆無である以上、前記原告主張のような事実のあり得よう筈はない。

もつともフレームの一部にブロツクをなしている部分が一個または数個あつて、これが他のフレームと結合してフレーム全体を構成している印刷機があるとしても、これは原告の主張からいえば組立式に属すべきものである。

仮りにかかる組立式のものを取上げてみても、このブロツクの部分が印刷機のどの部位にあるか、また何個あつて各個にどのようなフレームを包蔵しているか、またそのブロツクをなしている部分の組合せの態様、またそのブロツクの各個の大きさが機械全体の大きさの中で占める割合、またブロツクをなす部分を一個のみ有する場合、これに印刷機のどの主要部分を取付けるか、また数個のブロツクを有する場合は、そのブロツク全部を如何に組合せるか、またどのブロツクにどんな主要部分を取付けるか、その取付の態様等に至るまで詳細に考えると、その組合せだけでも複雑多様で枚挙に暇がないくらいである。しかも、これらの組合せの相違に基因して生ずる性能その他の相違は、印刷機そのものの優劣を判定する基礎的要素として複雑微妙な影響を及ぼすものであつて、印刷機を説明するには常にこれらの事実を詳細に説明して始めて了解できるものであつて、この関係を詳細に極めずしては簡単に理解できるものではないのである。

かように印刷機の構造は千差万別、多種多様であるが、またその類似する二種のものの間の相違といつても、その相違がまた極めて僅少な場合がある。そして種類が多いことであるから、その僅少の相違のものが、あたかも櫛の歯を並べたように相接して存在するのであり、仮りにフレームの一ブロツクをなす部分がその印刷機に一個だけしかない場合を考え、その部分の大きさが、その機械全体(またはその機械のフレーム全体)に対する大きさの割合についてだけ考えても、相近似したものが順次あるのであるから、これを大部分を占めるものと、小部分を占めるものとに大別して、前者を観念して「BOX」「ボツクス」或いは「箱型」と呼称し、後者は組立式と呼称するといつても、その区分は不合理極まるものであるし、事実その限界はどこにおくのか、区分すること自体不可能であろう。況んや、今日の印刷機は前記のように極めて複雑であるから、その機械のフレームのどの部分が一ブロツクに鋳造してあるか、また別々に鋳造してあるかを発見することは極めて困難な場合が多いのであつて、一見して直ちに識別できるものではない。その上現在の印刷機はフレームを組合せた場合でも、そのボールト、ナツトを内側にかくすようにする場合が多いから、かような場合は、分解図でも見ない限り、組立ててあるかどうか一見しただけでは全然判別できない。

また印刷機の性能を判別するには、かような大ざつぱな区分によるのでなく、前記のような種々雑多な組合せがあり、その説明をまつて始めて理解できるのであるから、かような大ざつぱな区分をする実益はなく、また実際さような区分をすること自体色々な点で困難であるから、かかる区分を生ずる余地はなく、従つて原告主張のような「BOX」「ボツクス」または「箱型」の概念を構成する余地もなく、実際に印刷機のカタログ等の印刷物は勿論、関係業者もかような標章を使用する者は全然ないのであり、かような慣用語を生ずる筈も絶対ないのである。

(二)、印刷機の各部分についても、一ブロツクをしている部分を「ボツクス」「BOX」または「箱型」と称する慣用語はない。

ただ印刷機は前記のように組合せが複雑であるから、その性能の説明上必要によつて「box-type」或いは「箱型」という言葉が一、二使用された例があるとしても、それは説明のための普通の形容にすぎないのであつて、一定の概念を構成し、その標章として使用されているものではない。甲第一二号証及び同第一三号証中に「ボツクス型」の文字のあるのは、そのまま「橋本式印刷機」または「橋本式」の文字と読みかえるのと同意義であつて、何ら原告の主張を裏付けるものではない。

(三)、以上の次第であるから印刷機関係者である種の印刷機を「ボツクス」「BOX」または「箱型」などと呼称したものは被告の本件商標登録時以前には絶対になかつたものであり、現在も殆んどその例を知らない。これに反し創業以来古い歴史をもつ被告は、従前からその製造する印刷機並びにその各部に「ボツクス」「BOX」の商標を使用して、長年多量に製作販売し、且つ大々的に宣伝を継続したので「ボツクス」「BOX」或いは「ボツクス型」「BOX型」といえば印刷機関係者は誰でも被告の製造販売する印刷機とその各部を想起するほど周知撤底されて、特別顕著なものとなつているのである。

そして被告が製造販売する機械にはすべて本件登録商標を表示しており、被告の製造にかかることを示し、且つ宣伝用のために被告会社名その他を機械の鋳物の部分に浮彫りしたり、プレートを別に貼布しているのは事実であるが、それだけで本件の登録商標を貼付しないで販売しているものは全然ない。もつとも被告製の印刷機に「ハルデイ」又は「HALDIE」のネームプレートをも併せて貼布した時代があるのは事実である。しかしこれは被告会社の代表者橋本好博の兄に橋本光がいて、戦前この両者が別々に営業していた当時、被告代表者のものは「ボツクス」、兄のものは「ハルデイ」と各別に呼称していたが、終戦当時両名合同で印刷機を製造した時代があつて、この当時の製品にはこの二種の標章を貼布して顧客に判り易くしたことがあるだけであつて、この兄も間もなく死亡したため、その後はこの「ハルデイ」の標章は使用していない。また「オリエンタル、ラビツト」の呼称も被告が一時使用した事実はある。しかしこれも新製品売出しの場合に月並を避ける意味で「ボツクス」の商標とともにこれを併用したにすぎない。

(四)、故に本件商標の登録は旧商標法第一条第二項、第二条第一項第六号及び第一一号に違反するものではないのであり、これと同旨に出た本件審決は相当であつて、その取消を求める原告の請求は理由がない。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、本件無効審判事件についての特許庁における手続経過等、被告の本件甲乙両商標の態様、その指定商品、出願、公告及び登録の各年月日、並びに本件審決の要旨についての原告主張事実は当事者間に争いがない。

二、右当事者間に争いない事実と成立に争いのない甲第二、三号証の各一、二とによれば、被告の本件甲乙両商標はいずれも昭和二八年一二月一〇日にその登録が出願せられ、翌二九年五月二六日の出願公告を経て同年九月一〇日に登録のせられたものであり、その指定商品を旧類別第一七類印刷機及びその各部とするものであつて、甲商標は別紙(一)記載のように「ボツクス」の文字、乙商標は別紙(二)記載のように「BOX」の文字をいずれも筆記でほぼ楷書体に左横書きしてなり、その書体そのものは、審決も認定するとおり、普通に使用せられる書体の範囲を脱するものではないことが認められる。

三、そこでまず右両商標が審決のいうように旧商標法第一条第二項所定の特別顕著の要件を具備しているかどうかについて検討する。

(一)、成立に争いのない甲第六号証の二、三、第一二号証、第一三号証の一ないし三、証人高岡晟及び内田三郎の各証言により成立を認める同第一八号証、証人高岡晟及び松本兼吉の各証言により成立を認める同第六六号証の一、二、証人中馬章及び松本兼吉の各証言により成立を認める同第六九号証、証人中馬章の証言により成立を認める同第八三号証、証人坂田良三の証言により成立を認める同第八六号証、第八七号証の一ないし三、当裁判所が真正に成立したものと認める同第八一、第八二号証に証人高岡晟、中馬章、内田三郎、坂田良三、松本兼吉の各証言及び検証の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。

(1)、印刷機の構造は極めて複雑であつて、一個の印刷機の全部のフレーム(機枠)がただ一個の鋳物でできている例はないといつてよいが、主フレームともいうべき印刷機の機台となる部分のフレームが箱型(尤もその上面は固より、底の部分も抜けている場合が多いが)の一個の鋳物で作られているものと、一個の鋳物でなく二個以上の個々の材料をボールト、ナツト等で組立てたものとの二種類(勿論その中間的なものもないではないであろうが、大別して右の二種類)があり、前者は右主フレームが一つのブロツクでできている関係上、堅固で耐圧力も強く、永く使用してもくるいを生じない等の長所がある反面、製造コストが高くなることはこれを免れないものである。

(2)、わが国でも大蔵省印刷局に大正一三年及び昭和三年に右前者のような構造にかかる米国製ケリー印刷機が購入せられたのを始め、昭和一四年頃には凸版印刷株式会社に同様構造のドイツ製オートマン印刷機等が輸入使用せられており、昭和二六年頃の同様構造のオートマン印刷機のカタログにはその実物写真とともに、その説明文中に「この機械の下部構造はボツクス型フレーム(box type frame)でできており、四本レールを備え且つ印刷圧力の加わる場所の直下にはフレームと一体になつている二重T型梁を備えている」旨が記載せられていて、同パンフレツトはその頃わが国内に入つていて、中馬章はこのパンフレツトにより右機械のことを知つて昭和二八年五月頃渡欧してその現物を見、松本兼吉にすすめて昭和二九年にこれを同人に買わせており、なお国内における印刷機製造業者も被告を始め坂田良三を代表者とする有限会社坂田印刷機械工場等の会社でも、被告が本件登録商標の出願をした昭和二八年一二月以前に同様構造の印刷機の製造販売をしており、右出願時以前の当時において、右型式の印刷機を他の型式のものと区別する意味において、国内の印刷機製造業者、販売業者及びこれを使用する印刷業者の間ではこれを「ボツクス型」印刷機と呼称するのが一般であつて、いわば右各業者間における慣用語となつていたものである。そしてこのことは、被告の本件各商標の登録後のものではあるが、被告製品のパンフレツトである甲第一二号証にも、登録商標として「ボツクス」「BOX」の表示をした上、「高速度ボツクス型………印刷機」と記載し、なおその説明文中において、フレームの構成並びに工作方式として、「上述せる理論を受入れる為め必然的にフレームの構成にも劃企的設計を採用せり。力学的に完全なる現状を有する強力なるボツクス型にして、フレーム、サイドフレーム、インサイド主軸及び大歯車メタル並びにレール等全体一個の鋳造物よりなる強力なる耐圧力を有し、その工作方式は巨大なる特種専門機盤上に於て切削軸受のボーリング其他主要部の全工作を機械加工し、従来の如く組立式フレームを手加工し、且つ各軸承メタル取付ける設計に比し桁違いの精度と強度を有し、その構成と相俟つて今後、印刷機の行方を示唆するものなり。」との記載がせられていること、また被告製品を紹介した「紙業と印刷」誌一九六一年八月号の記事(甲第一三号証の一、二)中においても、「ボツクス型の二回転印刷機」として、「明治二二年創業の古い歴史を誇る株式会社橋本鉄工所で製作されているボツクス型は、フレームが組合せ式でなく、フレーム、中フレーム、レール、胴メタルがすべて同一の鋳物になつているため、非常に頑丈で強力な耐圧力を持つ」旨が説明せられていることからもこれを裏付けることができる。(被告は右各甲号証にいう「ボツクス型」の文字はそのまま「橋本式」と読みかえるのと同意義であるというが、右各文意からすれば、とうていこれをかく解することはできないところである)。

成立に争いのない乙第二四号証の一、二をもつてしても右認定を左右することはできないし、また被告提出の乙各号証中の各証明書及び被告援用の各証言中には前記の認定に反するものがあるが、これらは、前記の本件各資料からしてこれを採用することはできない。

(二)、右認定事実からすれば、商品印刷機について、「ボツクス型」なる語は、本件両商標の出願当時において、その製造業者、販売業者及びその需要者である印刷業者の間において、前記のような主フレームが一つの鋳物よりなる印刷機を指称する慣用語であつて、たとえ特例のある業者がその取扱う右のような印刷機についてこの語を使用したとしても、これはとうていその出所を識別させる機能を有するものと解することはできない。

本件商標は「ボツクス」または「BOX」の文字を大体普通に使用せられる書体で左横書きしてなるものであること前記のとおりであつて、「ボツクス型」の表示とはいささかその表示を異にするものではあるが、印刷機において「ボツクス型」の語が前記のようなものである以上、指定商品を印刷機及びその各部とする商標において、右「ボツクス」または「BOX」の語は当然に右「ボツクス型」印刷機及びその各部を連想させ、これを本件登録商標の指定商品である「印刷機及びその各部」のうち「ボツクス型」印刷機及び各部に使用する限り、これまたその出所識別の機能を有しないものといわなければならない。従つて、指定商品中に右のものを包含する本件両商標は旧商標法第一条第二項に定める特別顕著の要件を欠くものといわなければならない。

四(一)、被告は印刷機の構造は複雑であつて、とうてい前記のような大別のできるものではなく、従つてまた「ボツクス型」等の慣用語を生ずる筈はないと主張するが、印刷機に前記載のような主フレームともいうべき部分における構造に前記のような差異の存するもののあることが前認定のとおりであり、またその差異から印刷機の強度等について右認定のような差異を生ずるものであるとすれば、この差異から前記のような「ボツクス型」の称呼が慣用せられるに至ることは当然あり得ることといわなければならない。

また被告は、右主フレームの部分が一ブロツクに鋳造してあるか否かは一見識別できるものではなく、殊に組立てフレームの場合でもボールト、ナツトを内側にかくすようにする場合も多いから、両者は一見しただけではとうてい判別できるものではないという。そしてこれは当業者でない一般人からいえば固よりそのとおりであろうし、当業者としてもただ一見しただけでこれが判別できるかどうかといえば、或いはその判別が困難な場合もあるかも知れない。しかし、ここで問題となるのは、一見してその判別ができるかどうかということではなく、事実上その構造がどうかということであつて、その具体的事実上の構造の如何によつて前認定のような区別がせられている以上、右被告主張のようなことはこれを問題とすべきことの限りではないというべきである。

(二)、被告はまた、被告の「ボツクス」「BOX」標章の永年使用による特別顕著性の主張をする。

そして成立に争いのない甲第七ないし第一一号証(乙第一六ないし第二〇号証)、甲第一二号証、乙第二一号証、当裁判所が真正に成立したものと認める同第二二号証、証人半田進及び高岡晟の各証言により、いずれも被告製造の印刷機につけられていたマークないし銘板の転写と認められる検甲第四、五号証、同第一五号証の一によれば、なるほど従来から被告の製造にかかる印刷機について、そのパンフレツト、またその銘板等に「ボツクス」「BOX」ないし「ボツクス型」「BOX TYPE」の語が記載せられ、販売せられて来た事実はこれを認めるに十分である。しかし、右各証拠の中でも、乙第一九ないし第二一号証はいずれも本件両商標の登録後の作成にかかるものであること被告の昭和三七年五月二六日附証拠説明書の記載によつて明らかであり、同第二二号証もまた右登録後のものであること同年六月一四日附被告の証拠説明書によつて明らかであつて、また甲第一二号証もまた右登録後のものであること、このパンフレツト自体に本件各商標の登録番号の記載のあることから見て明らかであるから、本件商標の登録査定時を基準として判定すべき右使用による特別顕著性の判断については、右各証拠はその資料とすべき性質のものではない。

そこでその余の資料についてこれを検討して見るのに、検甲第四号証は、その上段中央に「ハシモト」と大きく枠付で表示、その右側に小さく「ボツクス型」と表示し、また中段には「橋本鉄工所」の表示が右上段の「ハシモト」の表示よりも大きく表わされているものであり、同第五号証もまた、その上段に「HALDIE BOX―TYPE(このTYPEの字は多少小さい)」と表示し、その下には右の表示よりも多少大きく「橋本鉄工所」の表示をしたもの、検甲第一五号証の一は、その中段に「特許高速度ボツクスタイプオリエントラビツト(ボツクスタイプの字は他の字よりも多少小さい)」と表示し、その下には前記と同様「橋本鉄工所」の文字をより大きく表示したものであつて、右検甲各号証のものは、その表示自体から見ても、また前認定の印刷機における「ボツクス型」の語の持つ意義の点から考えても、右の銘板等における「ボツクス型」ないし「BOX TYPE」の表示は、これを被告製品を表彰する標章としてこれを使用したものと見るのは相当でなく、その出所表示の標章と見るべきものは検甲第四号証にあつては枠付の「ハシモト」の表示、同第五号証のものにあつては「HALDIE」、同第一五号証の一にあつては「オリエントラビツト」の表示にあると見るべきである。また、乙第一六、第一七号証のもの(これは被告の昭和三七年五月二六日附証拠説明書によれば被告が昭和二五年中に得意先に配布した案内状ということであるが)には、各その上欄部分に「一九五〇年式ハシモトボツクス印刷機(このうちハシモトの部分は点線枠付)」とあり、ここでは「ボツクス型」ではなく単に「ボツクス」の表示に変つてはいるが、「ハシモト」の部分に特に点線枠が施されていること、また印刷機における「ボツクス型」の語のもつ前認定のような意義、また右に見た被告製品の銘板等における表示のしかた等から見て、右乙号証の案内状の場合もまた出所表示の標章部分は点線枠付の「ハシモト」の部分にあつて「ボツクス」の部分にはないものと見るのを相当とするのであり、また前示乙第一八号証は被告の前記昭和三七年五月二六日附証拠説明書によれば、被告が昭和二九年六月一一日(すなわち本件各商標の登録出願公告後登録査定――この登録査定の日が同年七月三一日であることは前示甲第二号証の一、二により明らか――までの間)に千代田印刷株式会社宛郵送した案内状とのことであるが、その記載自体には既に「登録商標」として「ボツクス(BOX)」の記載をしており、なおその外の記載部分においては「ボツクス型ハルデイー型凸版機」の記載もこれをしているのであるから、この「ボツクス(BOX)」の記載は、既に出願公告後の故にこの記載がせられたと見るのが相当であつて、被告が従来からその製品を表彰する意味でかような標章を使用し続けて来たことの資料としてはとうていこれを採用し難いものと見るの外はなく、以上の各資料をもつてしても、本件各商標につき、被告に永年使用による特別顕著性獲得の事由の存することはこれを認めることはできない。

なお被告提出の書証中における各証明書や、被告援用の各証言中には、右被告の主張事実に副うものが多々存在するのではあるが、右事実認定の有力資料と目すべき前記各物証を前記のとおり判断するの外はない以上、右各証言や証明書を採用して被告の主張事実を認め得べくもないことはいうをまたないところである。

五、また本件両商標の登録出願当時、その指定商品印刷機について「ボツクス型」なる語が、その製造、販売業者及び印刷業者の間において、「主フレームが一つの鋳物よりなる印刷機」を指称する慣用語であることが前記認定のとおりである以上、これを直ちに連想させる「ボツクス」または「BOX」の語からなる本件両商標を、右「ボツクス型」以外の印刷機及び各部に使用する場合、商品の誤認を生ぜさせる虞のあることは多く言わないで明らかである。

六、してみれば被告の本件両商標は、旧商標法第一条第二項及び第二条第一項第十一号の規定に違反してなされたものというべく、その登録の無効を主張する原告の請求を排斥した本件審決は、その余の争点についての判断をするまでもなく失当であつて、とうてい取消を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

別紙(一)〈省略〉

別紙(二)〈省略〉

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